世界への旅(旅行記)
重慶の長い一夜・1 ~耕太郎と麗儀のように
扉を開けると、ノースリーブのシャツに赤いミニのタイトスカート、ショートカットの、年の頃20代前半あたりの若い女性が、ずけずけと入ってきた。
言葉を聞くまでもない。そのいでたちと行動だけですぐに分かる。彼女は、まぎれもなく娼婦だ。
案の定、中国語で「女の子、どう?」「マッサージは?」などと聞いてくる。私が丁重に断ると、彼女は以外にもあっさりと、「それならいいわ、私とあなたは、友達ということで」と、無理にそれ以上のことは言ってこなかった。
私の中国語が、読み書きはそこそこできるが、話したり聞いたりは今一つ、と知ると、彼女はカバンからノートを取りだし、筆談が始まった。
――私の気持ちは少し、高ぶっていた。
それは、ホテルの一室で若い女性と二人切りでいるということからの、性的な興奮ではない。
夜のホテルで、娼婦とのプラトニックな時間…。
この状況はまさしく「深夜特急」の中で描かれていた、黄金宮殿での沢木耕太郎氏と麗儀とのひと時そのものではないか。私はその場に、普通なら感じる危険さよりむしろ、幸運すら感じていた。
言葉を聞くまでもない。そのいでたちと行動だけですぐに分かる。彼女は、まぎれもなく娼婦だ。
案の定、中国語で「女の子、どう?」「マッサージは?」などと聞いてくる。私が丁重に断ると、彼女は以外にもあっさりと、「それならいいわ、私とあなたは、友達ということで」と、無理にそれ以上のことは言ってこなかった。
私の中国語が、読み書きはそこそこできるが、話したり聞いたりは今一つ、と知ると、彼女はカバンからノートを取りだし、筆談が始まった。
――私の気持ちは少し、高ぶっていた。
それは、ホテルの一室で若い女性と二人切りでいるということからの、性的な興奮ではない。
夜のホテルで、娼婦とのプラトニックな時間…。
この状況はまさしく「深夜特急」の中で描かれていた、黄金宮殿での沢木耕太郎氏と麗儀とのひと時そのものではないか。私はその場に、普通なら感じる危険さよりむしろ、幸運すら感じていた。
彼女は、秦莉という名前だった。
「どこから来たの?」「仕事は?」「家族は何人?」
他愛もない会話が続いた。そのうち、彼女はこう尋ねてきた。
「三峡下りには行くの?」
――そら来た。さっきの運転手に続いてこの質問だ。私は先程と同じように「行くつもりだ。もう予約してある」と答えた。彼女が「どんな船?」と聞いてくるので、私はデイパックの中から昭君号の予約証明書が入った封筒を取り出そうとした。しかし、
こうなったらもう、秦莉との筆談どころではない。私はカバンの隅から隅まで、捜したが、やはり見つからない。さっきタクシーの中で、筆談用のノートやガイドブックを出し入れした際に、落としたに違いない。
パニックになりかけていた私にとって、救いになったのが、秦莉の存在だった。
彼女はまず、食事がまだだった私のために、私からすこしばかりの金を預かって、外で包子と水とビールを買ってきてくれた。それを口にすると、ほんの少し落ち着いてきた。
次に、彼女はこう申し出てきた。
「三峡下りの切符を無くしたのなら、私が今から買ってくる」
”今から”と言っても、もう夜の8時を過ぎている。こんな時間に買えるのだろうか。
「その代わり、私も一緒に三峡の船に乗るね」
――え?
「すぐに戻ってくるから、心配しないで」
そんな会話を交わした後、彼女は部屋を出ていった。
[三峡下りをできるのはいいが、旅の道連れが娼婦か?]
複雑な気分のまま、シャワーを浴び、ビールを飲みながら一時を過ごした。
そこへ、再びドアをノックする音がした。
「どこから来たの?」「仕事は?」「家族は何人?」
他愛もない会話が続いた。そのうち、彼女はこう尋ねてきた。
「三峡下りには行くの?」
――そら来た。さっきの運転手に続いてこの質問だ。私は先程と同じように「行くつもりだ。もう予約してある」と答えた。彼女が「どんな船?」と聞いてくるので、私はデイパックの中から昭君号の予約証明書が入った封筒を取り出そうとした。しかし、
――無い!
しまった!あの封筒の中には予約証明書の他に、現地の旅行社への連絡用の名刺も入っていた。これでは、あの船に乗ることができなくなる。それどころか、長江を下ることもできなくなって、武漢発の予定の便に乗れなくなるのでは…。こうなったらもう、秦莉との筆談どころではない。私はカバンの隅から隅まで、捜したが、やはり見つからない。さっきタクシーの中で、筆談用のノートやガイドブックを出し入れした際に、落としたに違いない。
パニックになりかけていた私にとって、救いになったのが、秦莉の存在だった。
彼女はまず、食事がまだだった私のために、私からすこしばかりの金を預かって、外で包子と水とビールを買ってきてくれた。それを口にすると、ほんの少し落ち着いてきた。
次に、彼女はこう申し出てきた。
「三峡下りの切符を無くしたのなら、私が今から買ってくる」
”今から”と言っても、もう夜の8時を過ぎている。こんな時間に買えるのだろうか。
「その代わり、私も一緒に三峡の船に乗るね」
――え?
「すぐに戻ってくるから、心配しないで」
そんな会話を交わした後、彼女は部屋を出ていった。
[三峡下りをできるのはいいが、旅の道連れが娼婦か?]
複雑な気分のまま、シャワーを浴び、ビールを飲みながら一時を過ごした。
そこへ、再びドアをノックする音がした。
