世界への旅(旅行記)
成都・5 ~最悪の1日
2001年8月14日
風邪がまだ治りきらない様子だ。体の調子が良くない。精神的にもやや沈み気味だった。この体で余りあちこち精力的に回るのはまずい気がしてきた。
(早く大連に帰りたい…)
ホームシックなど、これまで全く無縁だった。その私が早く帰りたいなどと思うようになったということは、危険信号が灯り始めた証拠だ。幸い、陝西省には以前、西安に行ったことがある。この際、宝鶏行きを諦めても、私の全省制覇の夢に何ら差し障りは無い。それでも、行ったことのない山西省には何が何でも行きたい――私は、昨日かったばかりの西安行きの列車の切符を払い戻し、飛行機で山西省の太原へ向かうことに、計画を改めた。
(早く大連に帰りたい…)
ホームシックなど、これまで全く無縁だった。その私が早く帰りたいなどと思うようになったということは、危険信号が灯り始めた証拠だ。幸い、陝西省には以前、西安に行ったことがある。この際、宝鶏行きを諦めても、私の全省制覇の夢に何ら差し障りは無い。それでも、行ったことのない山西省には何が何でも行きたい――私は、昨日かったばかりの西安行きの列車の切符を払い戻し、飛行機で山西省の太原へ向かうことに、計画を改めた。
まずは交通飯店近くの航空券売り場に出向き、太原への足を確保することにした。
本当は飛行機など使いたくない。夏休みはたっぷりあるのだし、鉄道やバスで行くことが可能な所へ飛行機で向かうというのは、バックパッカーの禁を破る気がしたからだ。そして一番の理由が、価格の高さだった。成都→西安、西安→太原の列車代が合計で300元程度なのに対し、成都→太原を飛行機で行くとなるとノーマル運賃で1050元もかかる。
しかし、ここで威力を発揮したのが留学生証だ。夏休みと冬休みの時期に限り、中国の国内線は4割引の学生割引がある。それは、中国人のみならず、海外からの留学生からも適用される。果たして、成都→太原の航空券は、620元で買うことができた。
購入の際、学生証のコピーが2枚必要だと言うことで、いったん外に出る手間を患ったものの(なぜ航空券売り場でコピーができないのかという疑問は残ったが)、太原への足は確保できた。私はその後、成都駅で列車の切符を払い戻した。
本当は飛行機など使いたくない。夏休みはたっぷりあるのだし、鉄道やバスで行くことが可能な所へ飛行機で向かうというのは、バックパッカーの禁を破る気がしたからだ。そして一番の理由が、価格の高さだった。成都→西安、西安→太原の列車代が合計で300元程度なのに対し、成都→太原を飛行機で行くとなるとノーマル運賃で1050元もかかる。
しかし、ここで威力を発揮したのが留学生証だ。夏休みと冬休みの時期に限り、中国の国内線は4割引の学生割引がある。それは、中国人のみならず、海外からの留学生からも適用される。果たして、成都→太原の航空券は、620元で買うことができた。
購入の際、学生証のコピーが2枚必要だと言うことで、いったん外に出る手間を患ったものの(なぜ航空券売り場でコピーができないのかという疑問は残ったが)、太原への足は確保できた。私はその後、成都駅で列車の切符を払い戻した。
話は少しさかのぼって、航空券を購入する直前、人民南路を歩いていると、私の前を1人の男がに新聞を読みながら歩いていた。歩調がゆっくりだったので、私はその男を追い越そうとした。その時である。男は余りまっすぐに歩いておらず、横を通ろうとした私と腕がほんの少し、擦れた。本当に、ほんの少しだ。にも関わらず、男は過剰に反応し、胸ポケットのサングラスを地面に落とした。
(そんな馬鹿な話があるかよ。明らかにわざとだな)
私は無視して通り過ぎようとした。すると男は烈火の如く怒って私に向かって大声を出してきた。
「おい、てめえ、サングラスがおちたじゃねえかよ。どうしてくれる!」
完全な言い掛かりだ。勿論、私は謝る気など毛頭無い。そもそも、誤る筋合いも、どなられる筋合いも無い。しかし、このまま無視してもつきまとわれるのは目に見えている。さりとて、口喧嘩で勝てるほど、私の中国語力はまだ上達していない。私は反射的に、日本語で思いつく限りの罵人話(罵り言葉)を彼に浴びせかけた。私の言っている事が分からないせいか、或いは私が外国人であると悟ったせいか、男はまだぶつぶつ言いながら去っていった。
全く、とんでもない奴がいたものだ。不幸中の幸いだったのは、野次馬が集まる前に事態が収拾したことだ。そうでなければ、私は中国の街中で時折見られる、野次馬の群れを中心にした大喧嘩の主役になってしまっていたところだった。
(そんな馬鹿な話があるかよ。明らかにわざとだな)
私は無視して通り過ぎようとした。すると男は烈火の如く怒って私に向かって大声を出してきた。
「おい、てめえ、サングラスがおちたじゃねえかよ。どうしてくれる!」
完全な言い掛かりだ。勿論、私は謝る気など毛頭無い。そもそも、誤る筋合いも、どなられる筋合いも無い。しかし、このまま無視してもつきまとわれるのは目に見えている。さりとて、口喧嘩で勝てるほど、私の中国語力はまだ上達していない。私は反射的に、日本語で思いつく限りの罵人話(罵り言葉)を彼に浴びせかけた。私の言っている事が分からないせいか、或いは私が外国人であると悟ったせいか、男はまだぶつぶつ言いながら去っていった。
全く、とんでもない奴がいたものだ。不幸中の幸いだったのは、野次馬が集まる前に事態が収拾したことだ。そうでなければ、私は中国の街中で時折見られる、野次馬の群れを中心にした大喧嘩の主役になってしまっていたところだった。
夕方になっても、体調が良くなる気配は無い。私は食事のために表に出る気も失せて、ホテルのレストランで1人、食事をすることにした。しかし、この時注文をとりに来た服務員の女性の態度が最悪だった。無愛想なこと極まりない。おまけに、私が「米飯を1碗」と頼むと、彼女は「没有」と一言言って、まだ注文を終えていないにも関わらず、メニューを引き下げて戻ろうとした。
米飯の代わりに炒飯を頼んで主食にしたが、あの態度のお陰で食事は全く美味しく感じられなかった。支払いの時も、私はわざとその服務員がいる時にはせずに、別の服務員が来たところで金を支払った。
「待て、この野郎!」
私は頭に来て、日本語で怒鳴り、メニューをひったくって取り戻した。米飯の代わりに炒飯を頼んで主食にしたが、あの態度のお陰で食事は全く美味しく感じられなかった。支払いの時も、私はわざとその服務員がいる時にはせずに、別の服務員が来たところで金を支払った。
全く、最悪の1日だった。しかし、1日でこんなに罵人話を吐いたのは初めてのことだったかもしれない。私は間違いなく、いらだっていた。早く旅行を終わらせた方がいいかもしれない――そんな状態だった。
