世界への旅(旅行記)
> 中国・雲南、貴州
麗江
~世界遺産の街並み
2002年1月29日
大理での2泊目は紅山茶賓館のドミトリーで過ごしたのだが、同室になった日本人の1人が私同様、大理の次は麗江を目指していたので、この日、2人で大理古城のバスターミナルから麗江へと向かった。
バスで山道を行くこと3時間。麗江に到着した私たちは、ドミトリーがあるというホテルに赴いたが、フロントの服務員からは「ドミトリーは無い」とのすげない答え。そのホテルを出たところに、
宿の客引きをしている女性がいたので、話を聞いてみる。割と安いし、メーンの観光地である麗江古城から遠くないというので、着いていってみることにした。しかし、言う程近くはないし、客も少ない。私たちはそこに泊まるのをやめて、麗江古城内にあるユースホステルへ行くことにした。
麗江ユースホステルは、やや無機質な大理のユースホステルとは違い、納西(ナシ)族伝統の建築様式を採り入れた、周りの景色にマッチした建物だ。私はここを拠点に3日間、麗江を散策することになる。
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| 獅子山から望む麗江古城の全景 |
麗江ユースホステルは、やや無機質な大理のユースホステルとは違い、納西(ナシ)族伝統の建築様式を採り入れた、周りの景色にマッチした建物だ。私はここを拠点に3日間、麗江を散策することになる。
麗江古城は、街全体が世界遺産に登録されている。納西族伝統の家屋が建ち並んだ光景が美しい街だ。街の西側にある獅子山に登ると、その街並みを一望することができる。
山を降りて街中を歩いてみる。奥まで足を運ぶと、昔ながらの家屋と石畳の道の光景が確かに素朴だ。ただ、古城の入り口近く、特にメーンストリートの東大街界隈は土産屋などが建ち並び、見事に観光地化されている。伝統的な光景に俗なるものが入り混じっていて、やや興ざめだ。
山を降りて街中を歩いてみる。奥まで足を運ぶと、昔ながらの家屋と石畳の道の光景が確かに素朴だ。ただ、古城の入り口近く、特にメーンストリートの東大街界隈は土産屋などが建ち並び、見事に観光地化されている。伝統的な光景に俗なるものが入り混じっていて、やや興ざめだ。
2002年1月30日
早朝7時。北京からかなり西に外れているにも関わらず、北京時間を使用しているので、まだ辺りは薄暗い。しかし、薄暗いからこそ味わいのある光景が見られそうな気がして、表に出てみた。思惑は見事に当たった。ほんのり赤くなってきた空と、木造家屋の朱色の壁が、見事な位マッチしている。
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| 明け方の麗江の街並み |
辺りが明るくなってから、大理から一緒に来た日本人男性と、麗江郊外にある白沙へ赴いた。納西族の古い街並みと、麗江壁画が見どころの小さな街だ。
しかし、壁画は薄暗い祠の中に安置されている上に、意外と小さく、期待していたほどではない。その上、たむろして雑談している納西族の老婦たちが観光客を見つけるや否や、頼みもしないのに突然音楽を流して踊り始め、観光客に金をせびる。明け方の麗江の街並みを見た心地よい興奮が、一気に冷めてしまった。
しかし、私のテンションを下げた原因はもう1つ、別の所にあった。半年前に九寨溝へ行った時に続いて、またしても風邪をひいてしまったのである。
暖かいと思って、雲南の冬を甘く見すぎていたようである。確かに、日中は暑いくらいだ。しかし、雲南は日中と夜の気温差が激しく、しかも宿の室内には、長江より北の地域にはほぼ必ずある、スチーム式の暖房器具が設置されていないのだ。
(宿に戻って休んだ方がいい…)
連れの日本人は椿の木で有名な玉峰寺に向かったが、私はこれ以上歩き回る気もなくなり、1人で宿に戻った。結局、この日はそれ以降、ほぼずっと宿で横になっていた。
しかし、壁画は薄暗い祠の中に安置されている上に、意外と小さく、期待していたほどではない。その上、たむろして雑談している納西族の老婦たちが観光客を見つけるや否や、頼みもしないのに突然音楽を流して踊り始め、観光客に金をせびる。明け方の麗江の街並みを見た心地よい興奮が、一気に冷めてしまった。
しかし、私のテンションを下げた原因はもう1つ、別の所にあった。半年前に九寨溝へ行った時に続いて、またしても風邪をひいてしまったのである。
暖かいと思って、雲南の冬を甘く見すぎていたようである。確かに、日中は暑いくらいだ。しかし、雲南は日中と夜の気温差が激しく、しかも宿の室内には、長江より北の地域にはほぼ必ずある、スチーム式の暖房器具が設置されていないのだ。
(宿に戻って休んだ方がいい…)
連れの日本人は椿の木で有名な玉峰寺に向かったが、私はこれ以上歩き回る気もなくなり、1人で宿に戻った。結局、この日はそれ以降、ほぼずっと宿で横になっていた。


