世界への旅(旅行記)
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丹東・2 ~国境の街(2)
虎山長城から市街に戻り、まず抗美援朝紀念館を訪れる。
ここは、丹東付近まで戦火が広がった朝鮮戦争の博物館なのだが“美(アメリカ)に抗い朝(北朝鮮)を援く”という名前から推し量れるように、全面的に北朝鮮支持のスタンスを取っている。
当時の中国と北朝鮮は友軍だったのだから、このようになったのは理解できる。しかし、中韓の関係が融和した今、こうしたスタンスは見直すべき時期に差し掛かっているのではないだろうか。
抗美援朝紀念館から少し北東へ行くと、錦江山公園がある。園内は取り立てて立派なものでもないが、高台にある錦江亭に上ると、丹東の街並みと、鴨緑江の向こうにある北朝鮮の国土を一望することができる。
これまでのところまだ広々とした鴨緑江の国境を間近で見ていなかった私は、ここには長居せず、ほんの少し国境の俯瞰(ふかん)図を見ただけですぐに、丘を下りて鴨緑江の河岸に向かった。
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| 中朝国境の鴨緑江に掛かるツインブリッジ。
手前の橋は朝鮮戦争の戦火で切断されている |
北朝鮮まで続いている左側の橋には、日朝間を往来する車や列車、そして人の姿が見られる。しかし“脱北”問題が取りざたされている現在、その往来は厳しく制限されているはずだ。
もし日本が韓国併合などしていなければ、朝鮮戦争も起こらず、この橋も切断されず、
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| 鳥に国境は無い |
ふと見ると、鳥が悠々と国境間を飛んでいる。
(鳥に国境は無い…)
チチハルの扎龍自然保護区で、黒河の中ロ国境で感じたことが、三たび私の脳裏をよぎった。
現在、この河の向こうを自由旅行することはできない。仮に旅行できたとしても、行動は厳しく制限される。中国旅行の感覚で、私が北朝鮮へ行ける日が、いつか来るのだろうか。
夕刻になって、大連に戻る列車に乗る。
軟臥は3度目になるが、2段ベッドだけあってさすがに頭上はゆったりとしている。しかし、旧型車両の軟臥となると、さすがにやや貧相だ。最新式の全車両空調付き列車の硬臥の方が豪華さで勝っている位である。
2002年9月19-21日
大連に戻り、再び友人たちと旧交を温めたり、東北財経大学で授業を聴講したり、預けていた荷物を受け取ったりしつつ、2泊を過ごす。
3日目、大きな荷物を抱えて、1か月前に乗ったばかりの大連―名古屋の北方航空便で帰国の途に着く。
離陸すると眼下に、留学中に何度か訪れた星海広場が全景を見せる。それを見ながら、留学中のこと、これまでの旅のことを思い返していた。
また来ることになるかもしれないな…。
ここで言う「来る」というのは、もちろん旅行のことではない。旅行なら「かもしれない」ではなく、確実にまた来ることになるのだから。

