世界への旅(旅行記)
> 中国・河北、河南
北京―石家荘 ~発展著しい若き街
2004年5月1日
午前6時半、大連からの夜行列車が北京に到着。しかし、以前にも書いたが、この街も今の私にとっては旅の通過点に過ぎないことが多くなってきている。
今回もそうだ。今回の目的地は河南。日程が1週間しか無いので、北京はさっさと通り抜けることにする。ゆっくり訪れる機会は、また幾らでもあるのだから。
そのまま直接、河南省の省会・鄭州に行ってもよかったが、途中に未到達の省会・石家荘(河北省)がある。全省都到達も目指している私にとっては、外せない場所だ。鄭州に行く前にそこに立ち寄ることにし、北京駅軟席待合室にある外国人専用切符売り場に向かった。
午前中の石家荘への切符を買おうとすると、既に硬座は売り切れで、硬臥のみが残っているという。僅か2駅なので勿体無い気もするが、今回も強硬日程であり、体力を温存するためには、楽をできる所では楽をしておいた方がいい。私は素直に石家荘行きの硬臥のチケット(北京西駅発)を購入した。
私が乗る列車は桂林行きのものだった。
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| 発展著しい石家荘の街 |
その謎は、列車に乗って解けた。私が乗ったコンパートメントの乗客の大部分が石家荘で下車するのである。つまり、石家荘から桂林へ行く団体客が乗ってくるのだ。(以前、南京から黄山へ移動する際にも、同じようなことがあった)
河北省の省会は、以前は天津だったが、天津が直轄市になったことから、この石家荘が省会となった。
北京、山東省、河南省、山西省の四方へ鉄道が延びる、典型的な交通の要所である。それゆえに発展著しい街だが、その名が歴史に登場するのは、抗日戦争時ぐらいという、比較的若い街である。
一般的に、この街を訪れる外国人観光客は少ない。それは、この街に観光地と呼べる場所がほとんど無いからであるが、少し足を伸ばせば、歴史上有名なエピソードの舞台となった、知る人ぞ知る場所があった。

