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        世界を目指しての旅行記ほか by カズ@憧れの大地 

世界への旅(旅行記)

中国・河北、河南

  嵩山・少林寺 ~禅宗の聖地

2004年5月4日

少林寺山門
少林寺山門

洛陽からのバス路線を調べていると、私が目指している少林寺と許昌は1つの路線で結ばれていることが分かった。これでここから先へのルートは決まった。まず少林寺で途中下車し、見学が終わったらまた同じ路線で許昌に向かおう。

少林寺と言ってまず連想されるのは、拳法だろうか。確かに、武術の実演などもやっており、それが来客たちの目を引き付けている。
しかし、少林寺の本質は、拳法よりも“禅宗の聖地”だということにある。境内には、禅宗の開祖である達磨禅師の像やレリーフを幾つか見ることができる。
私としてはどちらかと言えば、客寄せ的な武術よりも座禅を組んでいる現場を見たかった気がした(私の注意力が足りなかっただけで、実際には見ることができたのかもしれないが)。
この寺は北魏の時代(5世紀末)に開かれた歴史のある古刹である。
塔林
塔林
しかし、建築物は必要以上にきれいに改修されており、そうした歴史のある古めかしい光景を期待して行くと、裏切られることだろう。

境内を出て更に奥へ行くと、塔林という場所がある。
雲南には石林という、地面から石が木々のように“生えて”いる名所がある。ここ塔林も、その名の通り塔が林立する場所である。観光客が大勢いて写真を撮っているところも、石林そっくりだ。
それにしても、こんなに賑やかでいいのだろうか――ここは禅僧たちの墓場だというのに。
まあ、そう言う私も、ここを賑やかにしてしまっている観光客の一員なのだから、余り強くは言えないが。

ところで、ここ少林寺は、中国五岳の1つである名山・嵩山の一角に位置している。少林寺南側には嵩山最高峰の少室山が見え、北側にも、それ程高くはないが、山がそびえ立っている。
嵩山
嵩山
おや? 北側の山の上に何か白いものが見える。遠目にも分かる。あれは、達磨禅師の像だ。
目に入ってしまったのが最後だ。私は山道のきつさや暑さも考えず、山上の達磨像目指して足を動かし始めてしまった。
初めのうちはよかったが、途中から山道は、予想以上にきつくなった。
達磨像
達磨洞
上:山の上に座す達磨像
下:山の中腹にある達磨洞
いや、山道そのもののきつさよりも、年齢と運動不足からくる体力の衰えが予想以上に著しかったというのが正確なところだろう。
やっとのことで、平らで広い、足を休められる場所に着いた。達磨像まであと一息である。達磨禅師が修行をしたといわれる洞穴・達磨洞の側で一休みした後、私は再び山道を歩き出した。

やっとのことで、山頂に到着。目指す達磨像にたどり着いた。
白色の石像は、やや損傷しているものの、風雨にさらされている割には形がはっきりとしている。どうやら近年になって作られたもののようだ。(当然である。平らな場所にある龍門石窟などならまだしも、こんな山の上にあっては保守が大変なのだから、歴史的価値があるものであれば屋根などをつけて保護しているはずである)
しかし、像以上に私の心を満たしてくれたのは、山の上から見る嵩山、そして少林寺の光景だった。 私が疲れるにもかかわらずついつい山を登ってしまうのは、このような光景を見たいからにほかならない。

さすがに下山は楽である。傾斜がきついのでややゆっくりではあるが、先程の光景の余韻もあって、足取りは軽い。
ん? 空耳だろうか。山を登る人とすれ違う際に、一人旅の私の名前を呼ぶ声が聞こえた。しかも日本語である。
来た方向を振り返ってみると、そこには大連の知人がいた。私も驚いたが、呼んだ当人も驚いた表情で、彼と一緒にいた人も「知り合い?」と驚いた声を出している。
以前、成都でも同じようなことがあった。しかし、まさかこんな所で、という驚きは何度経験しても変わらない。ここは大連の街中ではない。遠く離れた河南省なのだ。いくら観光客が大勢集まる場所とはいえ、こんな偶然は、中国語で言えば「大海撈針(海に落とした針を探す)」である。

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