世界への旅(旅行記)
> 中国・河北、河南
許昌・3 ~世界一不細工な関羽
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| 灞陵橋 |
「市の中心部は10年半前と大きく変わっていない」という印象を受けたことは先に書いた。しかし、中心部から少し離れた所は、やはり想像以上に大幅に様相を変えていた。
以前、関帝廟を訪れた時は、脇をブタがのっしのっしと歩く農村地帯を輪タクで行った記憶がある。しかし現在は、以前のような田園風景は無く、整備された舗装道路を自動車が走る、都会的な光景に変わっていった。あののどかな光景を見ることができなくなったのは、かなり寂しい。
以前、関帝廟を訪れた時は、脇をブタがのっしのっしと歩く農村地帯を輪タクで行った記憶がある。しかし現在は、以前のような田園風景は無く、整備された舗装道路を自動車が走る、都会的な光景に変わっていった。あののどかな光景を見ることができなくなったのは、かなり寂しい。
関帝廟一帯も大きく変化していた。以前は関帝廟しか無かったエリアは灞陵橋公園として整備されていた。
灞陵橋は、演義で登場する橋だ。
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| 世界一不細工な関羽 |
ただし、この公園に再現された橋は立派な石造りである。当時は恐らく木の橋であったであろうに、時代考証の足りなさが歴史のロマンをぶち壊しにしている。
しかし、それ以上に歴史のロマンをぶち壊しにしているのが、橋の手前に置かれている関羽の石像だ。
これまで多くの関羽像を見てきたが、その中で一番滑稽だったのが、前日に見た春秋楼の、大仏のような金色の関羽像である。しかし、それは僅か1日で塗り替えられてしまった。
まず、関羽が乗っている馬が変だ。関羽の大きさに比して小さく、まるでロバである。そして、脚が異様に短い。そして、馬上の関羽は頭でっかちで、全体的なバランスが極めて悪い。
これは既に滑稽を通り越して、むしろ不細工である。
関帝廟の門をくぐるまでは、以前の面影はかけらも無かったが、門の内部は以前のままである。
前回訪れた時には、洛陽の関林よりも許昌の関帝廟の方が印象に残っていたが、
あらためて両者を訪れてみると、洛陽の関林の方が規模も大きく、立派である。しかし、許昌の関帝廟のイメージが脳裏にはっきり残ったゆえんである、関羽の半生(演義ベースだが)を描いた壁画は、やはりいつ見ても見事である。(壁画の写真)
また、廟内の関羽像は端整でりりしく、先程不細工な石像を見せられたいい口直しになった。
前回訪れた時には、洛陽の関林よりも許昌の関帝廟の方が印象に残っていたが、
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| やはり関羽はこうありたい(関帝廟にて) |
また、廟内の関羽像は端整でりりしく、先程不細工な石像を見せられたいい口直しになった。
また、市街地の東側には文峰塔博物館がある。その名が示すとおり、古めかしい塔が目を引く博物館だ。
文物は多くないが、三国魏にまつわる比較的しっかりとした展示がなされている。三国志ファン、特に曹操ファンなら必見の場所と言える
許昌の街巡りを終えて、バスで開封に向かうことにした。
時間の都合で1泊だけだったが、今度はもう少し時間をかけて、郊外に点在する古跡を巡りたいものである。



