世界への旅(旅行記)
桂林―南寧―柳州~今度こそ“王手”
2005年4月30日
早朝。覚めたばかりの目を窓の外にやると、見事な光景が眼前に広がっていた。白い山肌に、遠目に見ると苔むしているようにも見える石灰岩の山が、桂林の街中に幾つも聳え立っているのである。![]() |
| ホテルの窓から見えた桂林の光景 |
桂林に到着したのは、前日の夜だった。大連の空港を16時40分に出発し、青島経由で 約4時間半を要した。既に暗くなっていたので、宿は手近なところで、リムジンバスが到着した民航大厦に取ることにした。スタンダードルームは既に埋まっていたので、スイートルームに泊まる羽目になってしまったが、230元という価格は3つ星ホテルにしては格安と言ってよかったので、それで決めてしまった。
(ただし、この宿代を“格安”と思ってしまう感覚は、この旅が終わるまでに無くなることになる)
前日は既に周りの光景は夜の闇に包まれており、この日の朝ようやくお目にかかることができたという訳である。
桂林を訪れるのは2度目になる。前に来たのは初めての中国旅行の時。実に14年ぶりだ。
14年の歳月を経て桂林がどのように変わったかを確かめたかったが、桂林には大連に戻る時にまた来ることになるので、それは旅の後半に回すことにして、私は次の街へ向けて行動を開始した。
桂林から私が目指した街は広西壮族自治区の区都・南寧。全省全都到達を目指す私にとって、今回の最大の目標は“南寧に到達する”ことだった。桂林から南寧までは高速道路が整備されており、所要時間はバスで約4時間半だった。
高速バスの車窓から見る景色も私を惹きつけた。田園風景の中とそのまた向こうに、奇岩の光景が展開されている。柳州を過ぎたあたりから奇岩は少なくなったが、田園風景だけでも都会暮らしの私の心には十分心地よかった。
バスが到着したのは市の中心ではなく、インターチェンジを下りてすぐの場所にある琅東ターミナルだった。これではまだ南寧に到達したことにはならない。私は市バスで中心街へ向かった。
前年の冬、マカオに到着した時「全省到達まであと一つ!」と心の中で叫んだ。しかし、当時はまだ“全都到達”を意識しておらず、それを意識するようになって“王手”は一旦帳消しになった。その後、石家荘、済南と未到達の省会を踏破し、今回南寧に到着したことで、残る省は海南省、残る省会は海南・海口のみとなった。
よし、今度こそ、王手だ!
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| 南寧の中心街 |
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| 南寧の歩行街 |
旅に出る前に、私は会社の同僚から「南寧は大連とそう変わらない」と聞かされていた。正直なところ、南寧がそこまで発展しているとは思っていなかったのだが、実際にこの目で見てみると、確かに発展の著しい、モダンで清潔感のある街だった。
特に、中心街にある民生街という小道は歩行街になっており、北京の王府井や上海の南京路はもとより、大連の天津街と比べてもかなりこじんまりとしているが、ファッショナブルで明るさのあるエリアだ。
大連と大きく異なる点は、勿論、北方と南方の違い、ということになる。道端には熱帯性の植物が植えられており、車道わきの歩道は、香港や福建省などでもお目にかかった、建物の2階部分が上にせり出して日よけになっている構造になっている。
そして、南方なのだから当たり前のことなのだが、じりじりと暑い。天気がいいということは普通に考えればいいことなのだが、それにも限度がある。暑さが苦手な私の身体にはかなりこたえる。
南寧は確かに、いい街である。しかし、同僚に言われた「南寧は大連とそう変わらない」という言葉に込められているように、大連の街を見慣れている私にとっては新鮮さに欠ける。南寧に到達することは確かに大きな目標だったが、私が広西まで来て本当に見たかったのは自然の風景、田園の光景、少数民族の風俗である。
(ともかく、南寧には到達した。これで目的は一つ、達成だ)
ほとんど、タッチしてターンしただけの訪問だったが、南寧よりもゆっくりと過ごしてみたい街があったこともあり、私は南寧に到着したという事実だけを収穫として、次の街へと向かった。
バスターミナルに戻ると、おびただしい数の人が切符売り場に並んでいる。それもそのはずで、翌日からは五一労働節の連休。しかもこの日は土曜日である。15分ほど並んで、ようやくチケットを購入することができた。
次に向かったのは、柳州。先ほど桂林からのバスで通過したばかりの場所なので、車窓からの風景は行きと同じなのだが、それでも見ていて飽きない。
柳州訪問の目的は当初、その次に目指す街への中継点ということに過ぎなかった。しかし、街中に石灰岩の山が聳え、それが夕日に映える姿は、単なる中継点という以上の期待感を私に抱かせた。



