世界への旅(旅行記)
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ジョル(徳欽)-1 ~カワカブと友の墓標
注:ジョルとは、徳欽の名で知られている街で、現状中国雲南省に属していますが本来チベット固有の領土です。
ジョルに到着した私はすぐ、中国名で飛来寺と呼ばれる寺へと向かった。但し、今回は本堂ではなく、チベット風のストゥーパが幾つも並んでいる場所へと赴いた。
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| ストゥーパが建ち並ぶ飛来寺。左下に見えるのが 日中友好第2次合同登山隊の遭難慰霊碑 |
私をここに向かわせた、中国・昆明で知り合った日本人に聞いた話というのは、1991年に梅里雪山登頂を目指ながら雪崩で遭難した日中友好第2次合同登山隊の遭難慰霊碑がここにある、というものだった。実は遭難した登山隊の中には、私の友がいたのである。
彼の名は、工藤俊二。
探検部に所属し、冒険をこよなく愛する男だった。
慰霊碑を見つけ、碑文を見る。
彼の名は、工藤俊二。
探検部に所属し、冒険をこよなく愛する男だった。
慰霊碑を見つけ、碑文を見る。
大地あり
美しき峰ありて
気高き人がいて
この場所からは、天気がよければ梅里雪山の最高峰・カワカブ(標高6740m)を望むことができる。だからこそ、この地に遭難慰霊碑が建てられたのだ。しかし、ジョルに来る途中から既に霧がちな天候になっていて、残念ながら彼らが目指したカワカブを見ることはできなかった。
カワカブは、現地のチベット人にとって"聖山"であり、彼らに言わせれば「この山を登らんとする者は遭難して当然」なのだという。確かに、ここを登山した17人の遭難者は現地の人々のタブーを侵した形になる。しかしだからと言って、死者に鞭打つようなそんな乱暴な言い種はいかがなものだろうか。
「そこに山があるから」――そんな登山者の思いが私にも少しは分かる一方で、タブーをよそ者に侵されたくないという心情も理解できるので、かなり複雑な気分だ。
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| カワカブの方向は雲ばかり |
暫くカワカブの方向を見ていたが、雲は全く晴れる気配が無い。ふと視線を違う方向に向けてみると、同じようにカワカブの方を見ている年配の日本人男性がいた。話を聞くと、「写真クラブ 山と自然」に所属しているという。
「もう明日にはここを経たないといけないんですよ。もう年も年だし、またここに来られるかも分からない。いい写真が撮れたら、送っていただけませんか?」
「分かりました。いい写真が撮れれば」
そう約束したが、雲は相当分厚い。私自身、カワカブの雄姿をこの目で見て、いい写真を撮りたいのはやまやまだが、果たしてこの雲、晴れてくれるだろうか。
「もう明日にはここを経たないといけないんですよ。もう年も年だし、またここに来られるかも分からない。いい写真が撮れたら、送っていただけませんか?」
「分かりました。いい写真が撮れれば」
そう約束したが、雲は相当分厚い。私自身、カワカブの雄姿をこの目で見て、いい写真を撮りたいのはやまやまだが、果たしてこの雲、晴れてくれるだろうか。
<後日談>
帰国後知ったことなのだが、京都大学学士山岳会の小林尚礼氏らの尽力により1998年以降、工藤を含む16人の遺体が発見されたという。残る1人の遺体も早期に発見されることを願って止まない。合掌。
参考資料:小林尚礼「梅里雪山―十七人の友を探して」
小林氏のサイトはこちら


