世界への旅(旅行記)
ラサ-3 ~「中国よりもチベット」
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| ジョカン正面図 |
門前の広場から見る外観ははっきり覚えていたが、内部の様子は余りよく覚えていなかった(ポタラ宮もそうだったのだが)。それだけに、結構新鮮な気分での参観となった。
入場口を入るとまず、中庭に出る。中庭の隅では、チューメ(バター灯)がバターの匂いを発しながら赤々と燃えている。
中庭を抜けて寺院内部へ。ここからは写真撮影禁止なのだが、もう一つ禁止事項があった。
「帽子を脱いでください!」
帽子を被ったままだった私は、漢人ガイドに注意されてしまった。ここは聖地である。帽子を被ったままの入場はご法度なのだ。
チューメでほのかに照らされたジョカン内部には数多くの仏像が安置されている。鍵が閉ざされた扉の向こうの部屋にあって見られないものもあるが、一番奥の部屋は公開されていて、その中の仏像の周りをコルラすることができる。
2階に上り、仏像の安置されている部屋を出るとテラスがあり、ジョカン内部を違う角度から見ることができる。そして、屋上からはジョカンの外――晴れた空の下に、門前広場やチベット様式の建物、そしてその向こうにポタラ宮が見渡せる。
まさしく、チベットだ――ここから見える風景は。
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| (左)赤々と燃えるチューメ(バター灯) (右)2階テラスから見るジョカン | |
まさしく、チベットだ――ここから見える風景は。
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| ジョカンからの眺め |
ここジョカンの周囲には、スノーランドホテル、ヤクホテル、キレーホテル、バナクショーホテルなど、バックパッカー向けの宿が幾つかある。ツアーが終わったらその中のいずれかに泊まることになるだろう。ジョカンを出てから少しだけ空き時間ができたので、私とワタルは一番近くにあるスノーランドホテルを見に行った。
スノーランドホテルには10以上のベッドが置かれた大部屋のドミトリーが2つある。広々としているが、ちょっと薄暗くて湿っぽい印象を受けた。
スノーランドホテルには10以上のベッドが置かれた大部屋のドミトリーが2つある。広々としているが、ちょっと薄暗くて湿っぽい印象を受けた。
先ほど中に入ったポタラ宮を、今度は道を挟んだ向かい側にあるポタラ宮広場から眺める。
どこから見ても立派な宮殿だ。しかし、私はある違和感を感じ始めていた。先ほどジョカン屋上から見たポタラ宮の見える風景と、何かが違うのである。
ポタラ宮の周囲――そこに意識が向いた時、私は考えられない事実に気が付いた。
ポタラ宮は、中国人居住区のど真ん中に建っているのだ。
手元のガイド本を見た私は再び愕然とした。チベット人居住区は、ジョカンを中心とした市街東側のほんの一部に過ぎず、市街地の半分以上は中国人居住区に占められていたのである。
どこから見ても立派な宮殿だ。しかし、私はある違和感を感じ始めていた。先ほどジョカン屋上から見たポタラ宮の見える風景と、何かが違うのである。
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| 向かい側の広場から見たポタラ宮 |
ポタラ宮は、中国人居住区のど真ん中に建っているのだ。
[チベットの象徴であるポタラ宮が中国人街に呑み込まれている…]
更に気になった。ラサのチベット人居住区と中国人居住区の境目はどこなのだろう?手元のガイド本を見た私は再び愕然とした。チベット人居住区は、ジョカンを中心とした市街東側のほんの一部に過ぎず、市街地の半分以上は中国人居住区に占められていたのである。
「ポタラ宮が中国人街に呑み込まれている」どころではない。
ラサそのものが、中国に呑み込まれていたのである。
ラサそのものが、中国に呑み込まれていたのである。
6年前の私は、「ポタラ宮だ!」「ジョカンだ!」と余りに能天気に過ごしていて、この事実に全く気が付いていなかった。しかし今回は、チベットと中国を分けて考えつつあるという、明らかな意識の変化があった。その意識の変化が、ポタラ宮周辺の光景に対する違和感を感じさせたのだろう。
これが、決定打となった。
これが、決定打となった。
チベットに中国人は要らない…
心底そう思うようになった。そしてこの瞬間、チベットは私にとって中国よりも遥かに大切な存在へと変わった。
こうなってくると、ポタラ宮広場に中国の国旗が高々と掲げられていることにまで嫌悪感を感じるようになった。ここに掲げられるべきは、この旗ではない。チベットの国旗・雪山獅子旗である。
私は意図的に、カメラのファインダーから中国国旗を外してポタラ宮の写真を撮り続けていた。
私は意図的に、カメラのファインダーから中国国旗を外してポタラ宮の写真を撮り続けていた。





