世界への旅(旅行記)
現在進行中! 旅日記ブログ
エピローグ~京都-東京
2007年12月23日
チベット-ネパール越えで一緒になった4人のうち既に帰国していた1人と22日、京都で再会。生憎の雨で2人で本格的な京都の街巡りとはいかなかったが、カトマンズで別れた後の旅のエピソードや旅先の病気、旅終了後のことなど、いろいろ話をすることができた。
今度は全員が帰国した時に、全員で集まりたいものだ。
京都から東京に戻る前に熱海にでも、と思っていたのだが、天気が悪くて富士山が見えないだろうし、日本は3連休で熱海の宿はネットで検索しても空き部屋が無さそうなのだ。熱海は諦め、そのまま東京に戻ることにした。
23日、案の定雲がかかってほとんど見えない富士山を横目に、高速バスで京都から東京へ。
19時すぎ、実家に到着し、バックパックをおろす。7か月半に及んだアジア周遊の旅も、これで名実共に終了した
----はずだった。
しかし、大阪港に下り立った時から、何か違和感を感じていた。
「帰国した」或いは「旅が終わった」という実感が全く無いのである。
周りからは母国語が絶え間なく聞こえ、大阪、京都、そして東京と勝手知ったる街を歩いているのにも関わらず、である。
いつもの"帰国"とは違い、何か、今回の旅で何度も繰り返してきた国境越えと同じように、中国から日本へと国を移しただけ、という感覚なのだ。
旅は本当に終わったのか?
単に旅の途中で日本という国、東京という街に立ち寄り、そこでの滞在期間が何年、何か月になるか分からない、というだけなのではないか?
今回の旅で、私はガンジャ、ハッパなどといったものにいつ手が届いてもおかしくないような国を幾つも回りつつ、それらには一切目もくれずに旅を進めることができた。
しかし、一番やっかいなドラッグに冒されてしまったようである----世界を旅するということそのものに。
「人生は旅そのもの」----よく言われる常套句である。
しかし今回、初めてその意味が分かったような気がする。
初めて海外に出た1991年から、いや、生まれた街・富山県高岡市から同県富山市に移った幼少の時から、いやいや、生まれた時から既に、私の旅は始まっていて、今もそれがずっと続いているのかもしれない。
暫くはこの街で、雌伏の時が続くだろう。それが終わった時、次はどこに向かっているだろうか。
中国の呪縛から解き放たれた今、目指すは"世界"だ。行きたい場所、感じたい場所は幾らでもある。どこに行こうかとあれこれ考える時期ともなるだろう。
次の旅、いや、旅の続きへの助走は、既に始まっている。
<未完>
蘇州号、大阪、京都
2007年12月20日
12月18日、上海・北外灘から大阪へのフェリー・蘇州号に乗船。一路、日本を目指す。
今回の旅の最終目的が、上海-日本間の船に乗ることだった。天津までの燕京号には乗ったことがあったが、これまで何度も日中間を往復したにもかかわらず、上海と日本を結ぶ船にはこれまで一度も乗ったことが無かったのである。
これでは中国全土を走破したバックパッカーと胸を張ることができない----そう考えた私は、今回の旅を何としても上海-日本間の船で締めくくりたかったのだ。
上海-日本間の船は新鑑真号と蘇州号の2つがあったが、私はカレンダーとにらめっこをした結果、12月18日の蘇州号を選んだ。
蘇州号は、新鑑真号と比べるとやや小規模だが、新しく、船内は明るくてきれいだ。飛行機に比べれば当然遅いが、狭い席でじっと座っている必要が無く、自由に歩き回って体を伸ばすことができるのが魅力だ。2泊3日は長そうにも思われるが、他の乗客とおしゃべりをしていればあっという間に時間が過ぎてくれるので、予想以上に退屈を紛らすことができた。
船室は2等B。1300元(2万円)の一番安い、雑魚寝部屋。言ってみれば、ドミトリーの船室だ。とは言っても雑魚寝仲間も私を入れて7人しかおらず、窓もあって、むしろ開放的で広々としていて、快適だった。
20日朝、瀬戸内海を航行していた蘇州号が明石海峡大橋をくぐる。大阪はもう目の前だ。
9時30分、下船。入国審査を済ませた後、税関へと向かうが、この日は「取締強化日」となっていて、荷物のチェックが厳しい。中には別室に連れて行かれてパンツ1枚にされてしまった日本人男性もいた。それでも、彼を含めて皆、無事に税関を通過することができた。
税関の先にあるゲートをくぐると、そこはもう…
日本
この瞬間、7か月半に及んだ私のアジア周遊の旅が事実上、終了した。
なぜ、"事実上"なのか。
実は、まだ東京の自宅に帰宅していないのだ。
現在、京都。ここらへんでのんびりとしながら、年末の帰宅を目指している。
まだ旅は終わっていない。
上海・3
2007年12月17日
事実上の上海最終日は、生憎の小雨。外出できないほどではないのだが、既に何度も歩き回っている上海。無理をして出歩くことはせず、日中は宿でダラダラと過ごす。この日の夕食が最後の晩餐ということになるのだが、一人でひとまず食べたのが魚香肉絲。好きな料理ではあるのだが、これが最後の晩餐というのは余りに侘しすぎる。
そこへ、帰りの便が一緒になる日本人・フランス人のコンビが蘇州・杭州巡りから戻ってきて、これから北京ダックを食べに行くという。
[北京ダック----これだ!]
既に夕食は済んでいたが、最後の晩餐としてこれ以上に相応しいものはない。彼らに便乗して北京ダックを食べに行った。
食事以外には、和平飯店のジャズバーでジャズを聴きながら一杯やるというのが、私の思い描いていた最後の上海の過ごし方だった。しかし、食後に和平飯店に行ってみると、ジャズバーはおろか、ホテルのありとあらゆる出入り口が封鎖されていて、よく見ると窓の明かり一つ点いていない。残念ながら、ジャズバーは諦めざるを得なかった。
そのまま宿に向かって夜の外灘沿いを歩く。
外灘にいると15分おきに上海海関の時計台が鐘を打つ音が聞こえてくる。15分おきというのは多すぎるような気もするが、この鐘の音が外灘の町並みによく合っていて、これを聴いていると、殊に夜となると、租界時代に戻ったかのような幻想的な感覚にとらわれてしまう。私の最後の上海ナイトをこの鐘の音が彩ってくれた形となった。
蘇州、周荘
2007年12月16日
蘇州ではheng氏の家に泊めてもらい、この日こそまともな世界遺産の庭園を見るべく、獅子林へと向かう。獅子林も典型的な蘇州の庭園で、池と亭に加え、奇妙な形をした数々の庭石が配置されている。庭石の中に獅子のようにも見える形をしたものが数多くあることから、"獅子林"と呼ばれている。ここは割合風情もあり、池の水もしっかりとたたえられている。ようやく、蘇州の庭園に満足することができた。
獅子林から少し路地裏に入ると、近代的なビル群の町並みとは打って変わって古風で庶民的な昔ながらの住宅街があり、日曜だからだろうか、日用品の露店が多く出ていた。そこを抜けて北塔寺の傍を通り、駅近くのバスターミナルへ。ここでheng氏に見送られ、蘇州を後にする。
上海へ戻る前に、蘇州から手軽に行くことができる名所でちょっと寄り道。江蘇省昆山市に属する周荘という場所だ。
周荘は明清時代の町並みが残る江南の水郷で、2年前に訪れた浙江省の烏鎮とよく似ている。古めかしい家々の間を細い運河が走っていて、そこを小舟が行き交う風景は、近代的な蘇州にややがっかりしていた私の気分を十分に埋めてくれた。
夕方、上海に戻り、定宿となった船長酒店に再チェックインする。
明日が実質的な上海最終日だが、どんな最終日となるだろうか。
蘇州
2007年12月15日
上海をちょっと離れて、江蘇省南部の蘇州へ出向く。このブログに何度もコメントを書いていただいたheng氏と会うことになっていたこともあり、余裕をもって8時20分のバスで上海を出る。しかし、高速道路の途中で考えられない渋滞。霧やら事故やらが原因らしいが、車が完全に停止して、待ち時間をもてあます人々が車を降りて高速の路上に出ることができるほどである。結局、上海から蘇州までの所要時間が4時間という有り得ない事態となってしまった。
蘇州には16年前の中国初旅行の折にも来たことがある。その時の蘇州も決して小さな街ではなかったが、街全体に古めかしくゆったりとした風情があった。
しかし、16年----それは余りに長かった。蘇州の街は、当時の姿を思い起こすことができないほど変貌し、モダンな都市になっていた。運河や世界遺産の庭園は健在だが、街には近代的なビルが立ち並び、中心からちょっと離れると、現在の蘇州を支える外資企業の工場も見受けられる。
バスの到着が遅れたため、待ち合わせ場所には今回の旅では殆ど使っていない自動車のタクシーを利用したが、タクシーは高架の道路をすいすいと走っていく。これも蘇州の近代化を象徴する風景である。
13時、蘇州シャングリラホテル(これも16年前当時には無かった超高級ホテルである)でheng氏と対面----と言うよりは、大連時代に会っていたので"再会"である。
heng氏と旅の話、大連での昔話をしたり中国社会の矛盾を語り合ったりしながら昼食を楽しんだ後、蘇州の街巡りに出かける。
まず最初に行ったのが、京杭大運河。前回の蘇州訪問時には見逃していた場所である。
"大運河"という名前の割には、それ程大きくはない。しかし、割合大きな船が行き交う光景を見ていると、この運河が蘇州の水の動脈であることが窺い知れる。
運河の北の方に目をやってみた。この方向へそのままさかのぼっていくと、北京にまで続いているのである。そう思うと、この狭い運河がとてつもなく壮大に思えてくるから不思議だ。
その後、古刹・寒山寺と名園・留園を訪れる。しかし、寒山寺には1000年の古刹という雰囲気が全く感じられず、留園は工事中で池の水が抜かれ、水底の泥が見苦しさと異臭を放っている。
折角の世界遺産も、これでは台無しだ。
蘇州には1泊することになっている。明日こそ世界遺産に相応しい美しい庭園を拝みたいものだ。
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