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        世界を目指しての旅行記ほか by カズ@憧れの大地 

世界への旅(旅行記)

中国・週末旅行

  山海関 ~万里の長城東端

2001年6月1―3日

大連のある遼寧省の西隣には河北省があるが、河北は通過したことはあっても訪れたことは無い。ちょうど、河北のかなり遼寧寄りに、山海関という面白そうな城市がある。万里の長城の最東端に当たる所で、街は城壁に囲まれているという。週末旅行にはもってこいだ。早速、行ってみよう。

*       *       *

正午近くの火車に乗って、一路山海関へと向かった。ちょっとした手違いで、車内泊する訳でもないのに、硬臥の切符を買う羽目になってしまったが、ゆったりできるので、まあいいことにしよう。

山海関の駅に着くと、宿の客引きが声をかけてくる。私は値段と外国人が泊まれるか否かを確認して、彼らの車に乗りこんだ。
しかし、着いた場所は、招待所。案の定、外国人は「不可以」だった。そこで連れて行かれたのは、海辺のリゾートホテル様の三ツ星賓館だった。
「こんな高い所に泊まれるか!」と私が抗議しても、客引きの男は「招待所に泊まれないのだから、どうしようもない」の一点張りだ。しかし、もう時間も遅い。仕方ない。予算から足は出るが、幸いクレジットカードがあったので、そこに泊まることにした。フロントの服務員も親切で、観光巡りの助言もしてもらったことだし、よしとしよう。
老頭虎
万里の長城最東端・老頭虎

翌朝、ホテルから歩いて老頭虎へ向かった。
老頭虎は、長城最東端の街にあって、真の最東端にある、海に突き出した長城だ。このあたり一帯の長城は、明代に徐達という武将によって建てられたという。
(長城はこの海から、あの八達嶺を経て、西北の奥地まで続いているのか
にわかにはイメージし難いのだが、中国の大地のロマンに想像力をはせるには、もってこいの場所だ。

山海関からもう少し西へ行くと、北戴河というビーチリゾートがある。互相学習相手の中国人女子学生が「いい所ですよ」と言っていた、お勧めの場所だ。せっかくだから、足を伸ばしてみよう。
山海関から北戴河へ行くには、この近辺の中心地である秦皇島で、バスを乗り継ぐ必要がある。(秦皇島はその名の通り、秦の始皇帝ゆかりの場所だ)。
しかし、秦皇島駅から北戴河へ行くはずのバスに乗り込もうとすると、車掌は「北戴河には行かないよ」と言う。どうやら、バス系統に変更があったらしい。
他のバスが出ているかどうかも分からない。どうしようかとうろうろしているうちに、時間が無駄に過ぎてしまった。
(仕方ない。残念だが、北戴河は諦めるか)
私はそのまま、来た道を山海関へと引き返した。
孟姜女廟
孟姜女廟

長城の街に戻った私は、まず、開場時間の都合で、街の外れにある孟姜女廟へ向かった。
秦代に万里の長城が建築された際、事故死した作業員の妻が夫の後を追って海に身を投げた、という逸話があるという。この廟は、その妻を祀ったものだ。
庭園は確かに美しいのだが、特にこれといった特徴があるという風にも感じられなかった。

気のいい女性司機の運転するタクシーで街中まで戻った後は、いよいよ長城探索だ。
ここ山海関は、かつて清が、もはや虫の息だった明を責める際に落とすに落とせず、呉三桂ら明の武将の寝返りでようやく越えられたという難所だ。
この街の長城を象徴するのが、天下第一関だ。
天下第一関
天下第一関
この街の長城全体が、保存状態も良く、威容を示しているのだが、この関、いや、城門と言った方がしっくりかもしれないが、その威風堂々とした姿たるや、一時でも強大な清軍の進軍を阻んだことを誇らしげにしているかのようだ。

長城の上からふと城内の様子を見下ろすと、何やら古めかしい光景が広がっている。昔ながらの小路地・胡同(hutong)だ。よくよく城内の地図を見ると、多くの城市で○○街などと表記されている通りの名前が、ここではことごとく○○胡同と記されている。ここは、城内全体が胡同なのだ。
留学で大連に向かう際に立ち寄った天津で、同じ様な胡同に入り込んだことがあるのだが、そこに感じられる庶民の息遣いに、魅せられたものだ。もう一度、あの雰囲気を体で感じたい。
長城を降りて、長城博物館を見学した後、私はその胡同に吸い込まれていった。

胡同の魅力は、2つある。土や石で築かれた古めかしい塀や建物の景観と、 上にも書いた、そこに生活する庶民の息遣いだ。大人も子供も、素朴で生き生きしている。
山海関の胡同
夕日が映える山海関の胡同
道を行き交う自転車や三輪車も、ここの光景にマッチしている。折しも夕刻。街を照らす夕日が、雰囲気を一層神秘的なものにしている。

一つだけ残念なことがあった。こんな所にも、観光客を相手にしつこくつきとまってくる輩がいたことだ。私も、輪タクの運転手にしつこくつきまとわれた。
(私は歩きたいんだ。貴様の手を借りる理由なんてどこにもないぞ)
腹の中でそう思いつつ「不要」を繰り返してやっと振り切ったかと思うと、しばらくするとまたどこからか現れてくる。うっとうしいこと極まりない。
――別に客引きが悪いと言っているわけではない。ただ「不要」と言われたのなら、それ以上構ってくれるな、と言いたいのである。それに、必要な時は、こちらから声をかけるから、そちらから声をかけてくれなくて構わない、というのが私の率直な気持ちだ。
こういう類の輩は、さながら「不要」という言葉を知らないかの如くであり、また、客の意思の如何に関わらず、自分の提供するサービスを受け入れることがベストだと決めてかかっている節がある。私には私のペースとやり方があるのだから、それを乱されるのは、迷惑千番だ。

まあ、それはそれとして、やはり長城を見た気分は、悪くなかった。私は今回の旅行におおむね満足して、大連への帰途に就いた。
しかし、その帰りの火車で、これまで「これはできればやりたくないな」と思っていたことを、やらざるを得ない状況になってしまった。――ついに、硬座で一泊を経験してしまったのである。そう、寝台の切符が取れなかったのだ。行きは車内泊でもないのに硬臥だったのが、今度はその逆である。
翌朝の大連着まで約9時間。座りながらではろくに眠れないし、やっと眠れたかと思ったら、途中で検札のためにたたき起こされるわで、乗り心地は決して、否、本当に良くない。
どうしてもそれに乗らざるを得ないという非常時でない限り、できれば今後は利用せずに済ませたい。

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