世界への旅(旅行記)
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大連の博物館 ~自然と歴史
2003年10月3日
中国の10月初頭は国慶節(建国記念日)で5日ほど休みになる。私はこの期間を利用して瀋陽近くの鞍山、撫順あたりに――と、2日前に大連駅まで向かったのだが、体調がいまひとつで、そのまま家に戻って休んでしまっていた。
2日休んで、ようやく出歩く気になったが、余り遠出はできない。この日は、近所のまだ行っていない博物館巡りをすることにした。
1つ目に訪れたのが、大連自然博物館。自宅近くからバスに乗って、停留所にして3つ――歩いてでも行ける距離だった。現在の自宅からも、以前留学していた東北財経大学からも至近距離である。おかしなもので、近所にある場所ほど、なかなか訪れない。
2日休んで、ようやく出歩く気になったが、余り遠出はできない。この日は、近所のまだ行っていない博物館巡りをすることにした。
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| 上:海辺に立つ大連自然博物館 下:自然博物館の展示 |
1つ目に訪れたのが、大連自然博物館。自宅近くからバスに乗って、停留所にして3つ――歩いてでも行ける距離だった。現在の自宅からも、以前留学していた東北財経大学からも至近距離である。おかしなもので、近所にある場所ほど、なかなか訪れない。
自然史博物館は、黄海に面した海岸に建っている。白の壁と、青の屋根が、その海岸の光景と非常にマッチしていて、とても美しい。
内部の展示も、外の海辺の光景にマッチしている。海そのものの解説、海の生物の標本・剥製、巨大なクジラの模型――即ち、大連が海辺の街であるということを示す展示が多いのだ。
その他、水晶等の美しい鉱物の展示もあり、宝石等に興味の無い私でも、思わず見入ってしまう。
その他、水晶等の美しい鉱物の展示もあり、宝石等に興味の無い私でも、思わず見入ってしまう。
しかし、この博物館で最も目を引く展示は、別料金を支払って入らなければならない、人体の標本だ。
まず1階には、ミイラの展示がある。ミイラに関しては、新疆で何度か見ているので既に慣れているのだが、地下に進むと、まだ水分の抜けていないみずみずしい人体の標本がホルマリン漬けされているのだ。まず、青白い肌をした奇形の嬰児がずらりと並んでいる。一番奥へ行くと、生身の大人の人間を解剖して作った血管の標本がガラスケースの中に横たわっている。
医学の発展のためには人体を解剖し、標本を作ることは必須の作業である。また、実物を見ることが理解への近道であることも分かっている。
しかし、故人をこうして人前にさらしだすことは、ややモラルに欠ける行為ではないのだろうか。
自然史博物館から街中寄りに少し行った会展中心の近くには、大連現代博物館がある。先程の博物館がその名の通り“自然”の博物館であるのに対し、こちらは大連という“都市”の博物館だ。
大連の歴史は19世紀末、日本とロシアがこの地を取り合った時に始まる。それから現代に到るまでの大連の移り変わりの様子が、効率良く展示されている。
ただし、この博物館の展示は文化大革命が終結したところで終わっている。大連がどのようにして現在のような経済都市に変貌していったのか、という点について一番知りたかった私にとっては、ややもの足りない展示だった。
まず1階には、ミイラの展示がある。ミイラに関しては、新疆で何度か見ているので既に慣れているのだが、地下に進むと、まだ水分の抜けていないみずみずしい人体の標本がホルマリン漬けされているのだ。まず、青白い肌をした奇形の嬰児がずらりと並んでいる。一番奥へ行くと、生身の大人の人間を解剖して作った血管の標本がガラスケースの中に横たわっている。
医学の発展のためには人体を解剖し、標本を作ることは必須の作業である。また、実物を見ることが理解への近道であることも分かっている。
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| 大連現代博物館 |
大連の歴史は19世紀末、日本とロシアがこの地を取り合った時に始まる。それから現代に到るまでの大連の移り変わりの様子が、効率良く展示されている。
ただし、この博物館の展示は文化大革命が終結したところで終わっている。大連がどのようにして現在のような経済都市に変貌していったのか、という点について一番知りたかった私にとっては、ややもの足りない展示だった。



